タグ:堂本光一

    1: 2019/10/03(木) 10:18:28.29 ID:9q+sjFGAM
    『FF11』を7年間プレイしていた堂本光一、人間関係に悩むファンに驚きのアドバイス

    6月17日O.A.の番組の中で、「FF11を7年間プレイして、総プレイ時間は900日だった」と告白し、堂本剛から「引くねんけど……」と恐れられていた光一。
    今回の放送でも、驚くべき「FFマニア」ぶりを見せつけた。
    きっかけはリスナーのメールから。「FF14プレイしたことありますか」というメッセージが紹介された。
    これを受けて光一は「あります」と即答。

    しかし、パーティメンバーを自動でマッチングしてくれるシステム「コンテンツファインダー」がイマイチ肌に合わなかったようで、

    「リンクシェル(メンバー間で利用できるチャット機能)がなくて、『仲間内』みたいなのがなくても、一人で勝手にマッチングできるのがオレにはちょっと合わなかったんですよね」と説明した。
    続けて「まあ、オレは昔のタイプの人間なんですよ、


    光一は、『FF11』におけるキャラクターのレベル上限が75までだった時代を回顧「レベルを上げ過ぎて、ラスボスが弱くなるみたいなバランス破壊が全然ない。
    レベル75の上限に達してから始まるゲームなんですよね」と力説した。

    その「レベル上げ」もジョブ(ナイト、魔道士などキャラクターの職業のようなもの)次第では大きな困難を伴ったらしく
    「人気のジョブと人気じゃないジョブがあって。人気じゃないジョブのレベルを上げてるときなんかは、ずーっとパーティー参加希望を出しても全く声がかからなかった」と苦労話をポツリ。
    しかし、「総プレイ時間900日」は伊達ではなく、「でも、ほとんどのジョブを上限までもっていきました」と相当なやり込みぶりを告白し、すかさず「気持ち悪っ! 俺!」と自嘲していた。

    なお光一は、「侍」のジョブがお気に入りだったものの、いつの間にか後方支援に長けた「白魔道士」としての活躍をオンライン上で求められることが増えたという。
    他のプレイヤーから「白さん、もう少し回復早くしてください」などと回復系魔法ばかり求められる「白魔道士」の役を、最初は不本意に思っていた光一だったが、

    次第にパーティーの生死を握っている自身の役割に対して優越感を覚えるようになったらしく、
    「一生懸命、アタッカーはダメージ与えてるわけじゃないですか。
    でも、俺が回復せんかったら君死ぬねんで、見捨てたろか?みたいな(笑)」と、当時の心境を振り返った。

    https://realsound.jp/tech/2019/07/post-395971_2.html

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    1: 2019/08/07(水) 22:31:29.96 ID:nbMiUwOC9
    KinKi Kidsの堂本光一が、5日に放送されたラジオ番組『KinKi Kids どんなもんヤ!』(文化放送/毎週月曜24:05~24:30)で、ジャニーズ事務所の先輩&後輩エピソードを披露した。

    チャリティーイベント「嵐のワクワク学校」に行ったというリスナーから、嵐の松本潤と相葉雅紀が、忘れられない曲としてKinKi Kidsの「愛されるより 愛したい」を紹介していたというエピソードが寄せられると、
    「松潤と相葉は、剛くんが歌番組に急遽出られなくなったときも一緒に歌ってくれたり。確かにそれも思い出というか、彼らへの恩を忘れられない形になりましたね」と後輩たちに感謝。

    続けて、自身の忘れられない曲の話になると、Jr.時代にバックで踊っていた光GENJIの「WINNING RUN(ウイニング・ラン)」と「リラの咲くころバルセロナへ」を挙げ、「いまだに気持ちがドキドキしちゃう。
    聞くと、グッと胸を締め付けられますね」と吐露。「事務所に入って間もなくて、『WINNING RUN』で球場を一生懸命走ったりしてた時代。
    出たものの、先輩から『はけろ!はけろ!』って言われて、『え?はけるって何だ?』って。そういう曲は忘れないよね」と当時を思い出して懐かしんでいた。

    また、光一は、光GENJIの元メンバー・佐藤アツヒロに関するエピソードも披露。「(生田)斗真とかが、“アツ兄”みたいな感じで行くでしょ?あれが俺には信じられない。
    アツヒロくんも、アニキ的な部分があるし、すごく優しいから、後輩も行きやすいんだろうけど……。
    僕はやっぱり、光GENJIの全盛期を知ってるから、そういう風にはできない。だって、曲を聞いてキュンってなっちゃうくらいだもん」と直系の後輩ならではの心境を打ち明けつつ、
    「そういう風に、音楽って記憶を呼び覚ましたりする力があるよね」としみじみ語っていた。

    https://news.livedoor.com/article/detail/16895993/
    2019年8月7日 21時0分 マイナビニュース

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    1: 2019/07/11(木) 07:18:55.05 ID:OYp9N/gT9
    ◇ジャニー喜多川さん死去から一夜

    ▼堂本光一 ジャニーさんが注いできた舞台への愛情 そして僕自身にくださった愛情は計り知れないほど大きくずっと大事に僕の中で生き続けます Show must go on この言葉を胸にこれからも。

    https://news.livedoor.com/article/detail/16755615/
    2019年7月11日 5時42分 スポニチアネックス

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    1: 2019/07/04(木) 17:37:21.65 ID:w1l6lp+V9
    「週刊文春」2019年7月4日号(文藝春秋)では、ジャニー喜多川氏が引退するとなればKinKi Kidsの堂本剛はジャニーズ事務所を退所する意向だと伝えたが、堂本剛だけではないらしい。

     ジャニー喜多川氏が社長でなくなった場合、堂本光一も事務所を退所し、結果的にKinKi Kids解散の可能性もありえると、「週刊新潮」2019年7月11日号(新潮社)が報じている。


    https://wezz-y.com/archives/67380

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    1: 2019/06/20(木) 08:26:36.34 ID:sv/AbYaEM
    すると剛は「山登り……」と、いぶかしみながらチクリ。
    気にせず光一が「海行ったり、山登ったり……」と続けると、「いやいや、ゲームやから。山登りとかじゃないのよ」と指摘していた。
    ちなみに何のゲームをやっていたのかと問うと「ファイナルファンタジーXI」と答えた光一。
    「ずっとやってたんですよ。7年くらい」と付け加えると、剛は「ちょっと待って、引くねんけど。7年も同じものを……?」と驚愕していた。

    しかし、光一は「もっと引くこと言ったろか?」と“隠し玉”があるらしく、「総トータルプレイ時間っていうのが見られるんですよ。
    それが900何日かになってて。7年のうちの3年くらいはゲームしてたんやって」と告げると、剛は「切な……恐ろしい……」と絶句していた。なお、膨大なプレイ時間になった理由は、ゲームを有利に進めるべく、仕事に行く間も電源をつけっぱなしにして放置していたかららしい。

    このように、長らく『FF XI』に夢中になっていた光一だが、ある日を境にパタリとやらなくなったとのこと。
    というのも、7年かけてようやくお目当ての装備一式をそろえて「やっとここまで来たよ」と感慨にふけっていたところ、
    突如として大型アップデートがあり、その苦労してゲットした装備が大したものではなくなってしまったのだという。
    光一は「それでちょっと萎えたのよね」としつつ、「でも、いまだにその音楽とか聴いたら、思い出すよね。所詮ゲーム、されどゲームというかね」と懐かしそうに振り返った。

    https://realsound.jp/tech/2019/06/post-377759_2.html

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    1: 2019/05/13(月) 00:36:30.13 ID:LS9p2iPB9
    KinKi Kids・堂本光一といえば、ライフワークといえる主演ミュージカル「Endless SHOCK」が今春、上演回数1700回を突破して、名実ともに演劇界のトップに立った。
    その実績が認められ、6月10日(日本時間)には世界最高峰の演劇&ミュージカルの祭典「第73回トニー賞授賞式」にスペシャルゲストとして登壇。
    ナビゲーターで、昨夏にミュージカル「ナイツ・テイル-騎士物語-」でダブル主演を務めた井上芳雄と一緒に、授賞式の感動と興奮を伝える予定だ。

    今年元旦の誕生日で、ついに40の大台に乗った光一。ジャニーズ事務所に入所したのは12歳の91年だったため、もう28年の月日が流れたことになる。
    堂本剛とのKinKiは93年に結成。ほどなくして、地元の兵庫県芦屋市から上京して、都内のジャニーズ合宿所に入居した。
    このころ、同年代の男子は手にすることができなかった超高級品をゲットしている。

    「それは、携帯電話です。90年代の前半といえば、無線呼び出しサービスのポケットベルが全盛期。
    数字のメッセージを送信しあうことが若者のトレンドで、ドラマ、同タイトルの主題歌『ポケベルが鳴らなくて』が大ヒットしたほどです。
    そんな時代に、すでに携帯電話を持っていた光一。さながら大企業の社長です(笑)」(アイドル誌ライター)

    ところが、実際に手にすると思いのほか、活用できなかった。同世代の中学生が持っているのはほぼポケベル。
    携帯を持っている仲間がいないため、電話をすることもできなかったからだ。

    「当時の合宿所は固定電話で、外線につながるのは3回線。それも、外線ボタンを押すとランプが点くため、何番を使用しているかが一目瞭然になります。
    光一が使用中、偶然ジャニーさんが入室してきて、『YOU、誰と電話してるの?』と聞かれ、焦りまくったことがあったそう。
    ちょうど好きな子に電話をかけようとした瞬間だったからです。
    とっさに、『いや、いや。してないよ』とごまかしたそうですが、これを機に携帯を持ったそうです」(前出・アイドル誌ライター)

    自分だけの電話を手に入れて、晴れて自由な身になったはいいが、好きな子にさかんに連絡を取るわけにもいかない。
    やがて、携帯を持つ意味がないことに気づいたという。

    ポケベルは今年9月末でサービスが終了。およそ50年の歴史に幕を下ろす。光一はこのニュースを聞いて、中学生時代に思いを馳せたに違いない。

    http://dailynewsonline.jp/article/1820777/
    2019.05.12 10:14 アサジョ

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