カテゴリ:KinKi Kids

    1: 2019/05/31(金) 04:52:49.55 ID:tyd/DjRf9
    ◆ SMAP騒動から3年 KinKi Kidsが大ヒットの「ジャニーズ・エンタテイメント」が5月末で事業終了

    〈株式会社ジャニーズ・エンタテイメントは、本年5月31日をもちまして事業を終了させていただくことといたしました。
    (中略)株式会社ジャニーズ・エンタテイメントの事業終了に伴い、株式会社ジェイ・ストームはJEレーベルの名称を譲り受け、6月1日より『ジャニーズ エンタテイメント(Johnny's Entertainment Record)』レーベルを発足させることといたしました〉

    こう綴られた文書が5月下旬、各メディアに封書で届けられ、業界は騒然となった。
    「ジャニーズ・エンタテイメント」は1997年2月、ジャニーズ事務所の関連会社として設立された。

    立ち上げ直後にリリースしたKinKi Kidsのデビューシングル「硝子の少年」(同年7月リリース。山下達郎作曲、松本隆作詞)は100万枚超えの大ヒット。
    現在は、少年隊、NEWS、ジャニーズWEST、中山優馬などが所属している。

    「ジャニーズ・エンタテイメントはジャニーズグループ企業の中でも“核”と言える会社でした。
    今回の事業終了の意味が重いのは、同社の代表取締役を務める小杉理宇造氏(71)がジャニーズの最前線から身を退くということです」(レーベル関係者)

     小杉氏はワーナーミュージック・ジャパンの代表取締役会長や、山下達郎や竹内まりやが所属する「スマイルカンパニー」の代表取締役社長などを務めてきた音楽業界の重鎮だ。

     ジャニーズの元所属タレントが話す。

    「経営者としての手腕は事務所内でも有名でした。小杉さんのことはジャニーズJr.でもみんな知っていた。たまに現場にも顔を見せていたのですが、ジャニーズJr.のみんなからは怖いイメージを持たれていましたね。話すといい人なのですが、基本はコワモテ。そのイメージのせいで、小杉さんがいる現場は常にピリッとしていました」

    「週刊文春」にSMAP分裂の内情を明かした小杉氏
     小杉氏がメディアに登場することはほとんどなかったが、2016年1月、SMAPの分裂騒動に際しては、「週刊文春」の誌面で実名インタビューに応じた。取材は、SMAPの緊急生謝罪がフジテレビ「SMAP×SMAP」で放送されたまさにその日の昼、1月18日(金)の正午から行われ、小杉氏はSMAPをめぐる内情を明かした。

    「一度独立を表明した4人のメンバーが事務所に戻るには、当然条件があります。
    まずは国民的スターの自覚もなく、曖昧な言動でファンや関係者にご迷惑、ご心配をかけたことを謝罪すること。
    ”内”に向けた謝罪も必要です。社長のジャニーをはじめ、事務所の社員にも許しを乞うこと。
    さらに今回は木村君が残るという形でメンバーが4対1に割れてしまった。
    寂しい思いをした木村君、大切な仲間である彼にも謝るべきだと申し入れました」(2016年1月28日号「週刊文春」より)

    当時は木村拓哉以外の4人が一度は決意した独立計画を断念。
    SMAPはかろうじて”空中分解”を免れるだろうという機運だった。
    一連の“修復作業”にも小杉氏は大きく関係していた。

    SMAPは結局2016年末をもって解散。
    しかし、小杉氏は新時代のジャニーズにおいても、次期社長である藤島ジュリー景子氏の“後見役”を務めていくと見られていた。

    「ジュリーさんの母親であるメリーさんも、社長のジャニーさんもそれを望んでいたはず。
    “ジャニーズの番頭”とも呼ばれ、メリーさんが信頼を寄せていた役員・白波瀬傑氏も小杉氏のことを『小杉先輩』と呼んで、一目置いていた。
    小杉さんが第一線を退くことに不安を感じているタレントは正直多いと思いますよ」(前出・元ジャニーズ所属タレント)

    滝沢秀明氏が率いる「ジャニーズアイランド」の設立に続くように発表された、ジャニーズ・エンタテイメントの事業終了。
    3年前のSMAP分裂前後から始まったアイドル帝国の“聖域なき構造改革”はさらに加速していく。

    2019年5月30日 20時15分 文春オンライン
    http://news.livedoor.com/article/detail/16542436/
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    1: 2019/05/13(月) 00:36:30.13 ID:LS9p2iPB9
    KinKi Kids・堂本光一といえば、ライフワークといえる主演ミュージカル「Endless SHOCK」が今春、上演回数1700回を突破して、名実ともに演劇界のトップに立った。
    その実績が認められ、6月10日(日本時間)には世界最高峰の演劇&ミュージカルの祭典「第73回トニー賞授賞式」にスペシャルゲストとして登壇。
    ナビゲーターで、昨夏にミュージカル「ナイツ・テイル-騎士物語-」でダブル主演を務めた井上芳雄と一緒に、授賞式の感動と興奮を伝える予定だ。

    今年元旦の誕生日で、ついに40の大台に乗った光一。ジャニーズ事務所に入所したのは12歳の91年だったため、もう28年の月日が流れたことになる。
    堂本剛とのKinKiは93年に結成。ほどなくして、地元の兵庫県芦屋市から上京して、都内のジャニーズ合宿所に入居した。
    このころ、同年代の男子は手にすることができなかった超高級品をゲットしている。

    「それは、携帯電話です。90年代の前半といえば、無線呼び出しサービスのポケットベルが全盛期。
    数字のメッセージを送信しあうことが若者のトレンドで、ドラマ、同タイトルの主題歌『ポケベルが鳴らなくて』が大ヒットしたほどです。
    そんな時代に、すでに携帯電話を持っていた光一。さながら大企業の社長です(笑)」(アイドル誌ライター)

    ところが、実際に手にすると思いのほか、活用できなかった。同世代の中学生が持っているのはほぼポケベル。
    携帯を持っている仲間がいないため、電話をすることもできなかったからだ。

    「当時の合宿所は固定電話で、外線につながるのは3回線。それも、外線ボタンを押すとランプが点くため、何番を使用しているかが一目瞭然になります。
    光一が使用中、偶然ジャニーさんが入室してきて、『YOU、誰と電話してるの?』と聞かれ、焦りまくったことがあったそう。
    ちょうど好きな子に電話をかけようとした瞬間だったからです。
    とっさに、『いや、いや。してないよ』とごまかしたそうですが、これを機に携帯を持ったそうです」(前出・アイドル誌ライター)

    自分だけの電話を手に入れて、晴れて自由な身になったはいいが、好きな子にさかんに連絡を取るわけにもいかない。
    やがて、携帯を持つ意味がないことに気づいたという。

    ポケベルは今年9月末でサービスが終了。およそ50年の歴史に幕を下ろす。光一はこのニュースを聞いて、中学生時代に思いを馳せたに違いない。

    http://dailynewsonline.jp/article/1820777/
    2019.05.12 10:14 アサジョ

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    1: 2019/05/09(木) 17:05:05.62 ID:DAgT5Qzw9
    ◆ 堂本剛さんのライブ開演前アナウンス… 禁止行為したファンに対する対応が “剛君らしい” と話題に!

    スキ @Kanure_totoi 21:37 - 2019年5月8日
    堂本剛のライブ開演前アナウンス

    「撮影・録音は、許しません。しばき倒します。
    携帯電話をお持ちのお客様は電源をお切りくださいますようお願い致します。しばき倒します。
    ステージに上がる行為はたいへん危険ですので、絶対にしばき倒します。」

    しばき倒します×3
    https://twitter.com/Kanure_totoi/status/1126103873372864513

    Share News Japan 2019-05-09
    https://snjpn.net/archives/129508

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    1: 2019/04/27(土) 23:25:08.10 ID:/+pVqo9R9
    堂本剛、40歳を迎えた心境語る「変わらない自分で生活できたら」

    Kinki Kidsの堂本剛が、13日に放送されたラジオ番組『堂本剛とFashion & Music Book』(bayfm/毎週土曜22:00~22:27)で、40歳になった心境を語った。

    4月10日に40歳の誕生日を迎えたばかりの堂本は、「不思議な気持ちでいっぱいです。自分が40歳になるときが来るんだなぁ」と感慨深げ。ジャニーズ事務所に入所した小学生のころを思い出しながら、「40歳までこういうお仕事を続けているとは想像がつかなかった。今のような生活をしてるとは思ってなかったし、辞めて海外にいるのかなっていうイメージだったので、現実はそうじゃなかったという気持ちです」と打ち明けた。

    続けて、「簡単なことじゃないけど、自分として生きていられるのが大事」だと語った堂本は、「40歳にはなりましたが、特に変わることもなく、普通に何となく過ごしていけたら。その中で出会う人もいれば、お別れする人もいるとは思いますけど、毎年毎年、変わらない自分で生活できたら。自分の体と相談しながら、色んなことにもチャレンジしていきたいと思っています」と40代への意気込みを語った。

    また、堂本は、自身の誕生日に合わせて、大好きなホットケーキの曲を作ったそう。「めちゃくちゃパーティーチューンですから。ほぼホットケーキしか言ってないけど盛り上がりますね」と自信たっぷりで、「5月のライブから多分やると思う。みんなが『ホットケーキ』って言いながら、手を挙げてる感じが異様なんで、早くやってみたい」と含み笑い。

    さらに、ソロプロジェクト「ENDRECHERI(エンドリケリー)」の新アルバムを制作中だと明かし、「全然ブレーキを踏んでなくて、ディープな曲をいっぱい作りました。早くみんなに聴かせたいっていう衝動に駆られています」とファンに向かって報告した。

    https://news.mynavi.jp/article/20190415-809484/

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